東京高等裁判所 昭和50年(う)799号 決定
被告人 小室明
〔抄 録〕
一 被告人は、昭和五〇年三月一三日水戸地方裁判所土浦支部で、本件公訴事実である暴力行為等処罰に関する法律違反の罪及び暴行罪により、懲役八月の判決の言渡しを受け、同月二〇日控訴の申立てをして、同月二四日保釈許可決定により釈放されたところ、その所在が不明となり、当裁判所は、同年六月六日保釈取消決定をした。
二 被告人の経歴、関係者の供述等は次のとおりである。
1 被告人は、昭和一五年一〇月一日茨城県日立市で出生し、中学校卒業後、暴力団員との交際をするうち、昭和三五年一二月二六日傷害罪等により懲役一年、三年間保護観察付き執行猶予(その後執行猶予取消し)に、昭和三六年三月二二日傷害罪により懲役二月に、昭和三八年八月二六日住居侵入、窃盗罪等により懲役三年に、昭和四二年三月二〇日強盗罪等により懲役六年に各処せられて服役した外、昭和三七、八年に道路交通法違反の罪により三回罰金刑に処せられているが、本件保釈取消決定後に被告人が検挙された形跡はない。
なお、被告人は、二一歳のころに暴力団に加入し、昭和四八年七月からは松葉会國井一家伊藤組の幹部となっていた。
2 被告人の保釈取消し後、当裁判所は、東京高等検察庁に対し、繰り返し被告人の所在調査の依頼をしたが、いずれも被告人は所在不明との回答であった。
3 被告人に対しては、昭和六〇年一〇月一四日、被告人の兄の小室正行から水戸家庭裁判所麻生支部に失踪宣告の申立てがなされ、調査を経て、昭和六一年一一月六日、被告人が昭和五〇年四月三〇日以来生死不明として失踪者とする旨の審判がなされ、これが確定している。
4 被告人の兄の小室正行は、平成一二年四月二八日検察官に対し、「被告人と最後に会ったのは昭和五〇年三、四月ころであって、その際、両親の様子を尋ねられ、所属している暴力団組長との関係が悪くなっていると言っていた。昭和五一年春ころ、暴力団関係のトラブルで殺害されたという噂を聞いたが、親思いの被告人が、昭和五二年六月の父親の葬儀にも顔を見せず、全くの音信不通であることからすると、すでに死亡したものと考えている。」旨供述している。
5 被告人の兄姉その他の者らも、昭和五〇年春ころ以降、被告人との音信が全くない旨述べている。
三 以上の事実関係を総合すると、被告人はすでに死亡したものと認めるのが相当である。
(高橋省吾 青木正良 村木保裕)